明日も天気になーあれ!

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遠い星空の前日談(プリクエル)-2

 夜の森は、どこか神秘的な香りがする気がした。
木の葉から漏れる月の光が、柔らかに辺りを照らしている。
二人分の足音に、風が木々を揺らす音。何でもない森の景色が、何だか特別な物に思えてくる。
無性に楽しくなってきて、彼の手を放すとそのまま駆けだしてみた。
おい、と少し慌てたような声。ちょっと離れた所で、くるりと振り返る。
「遅いですよー、もう。ほーら、早く!」
そう言い残してまた駆けていく。
まるで子供みたいだ、と頭の片隅で思う。けれど仕方がない。だって実際に楽しいのだから。


 足を止め、また振り返ってみる。何時もの固い表情で、けれども少し早足で向かってくる彼。
「…こんな時間に、何の用なんだ。大体、危ないだろう」
そう言いながら視線を辺りに飛ばしているのは、警戒してくれているからだろうか。
胸の奥が暖かくなるのと同時に、少し拗ねたような気持が沸き起こる。
何も考えていない、とでも思われたのだろうか。…まあ、それも仕方ないのだが。
「大丈夫ですよー。…今は、あなただって居ますしね」
自分でも子供のようだと思っていたので、軽く返す程度に留める。敢えて用事については触れなかった。
ちょっと照れくさくなって、再び駆けだそうとした所で彼の呟きが耳に届く。
「…何故、俺が護ると思っている」
少し足を止め、瞳を覗きこんでみる。言葉だけなら、突き放すような物言いだけれど。
数瞬の間見つめ合う。…青い瞳は左右に揺れると、そのまま下を向いてしまった。
つい、小さく笑ってしまう。何だかちょっと、可笑しかった。
微かにむっとした様子の彼を置いて、また少し先へ。振り返らないまま言葉を返す。
「何ででしょうねー?…何となく、です!」
言い残して、そのまま駆けだしてみる。
素直じゃない人だ。…そう言う私も、素直とは言えないのだが。
響く二人分の足音に、そんな事を考えつつ。


 森を抜け、眼前に広がった景色に思わず足を止める。
遠くには山々が連なり、その麓には、まだ微かに明かりを残した街並み。
夜色に染まった湖面は、空に輝く星々の光を散らしたよう。
優しい風がその上を駆け抜け、さざめきの音を耳に届ける。
そのまま大きく深呼吸を一つ。ひんやりとした空気が体に満ちていき、心までもが満たされていくようだった。


 彼は今、どんな表情でこの景色を見ているのだろうか。
ふと気になって振り返る。いつも固い顔をしている彼。
その固さを崩して、色々な表情を引き出す事。それが近頃の、密かな私の目標だった。
…彼はただ無言のまま、下を向いて俯いていた。
まるで、自分にはこの景色を見る資格が無い、とでも言うように。
軽く呼びかけてみるも、返事はない。……どうあっても、見ないつもりだろうか。
バスケットからクロスを取り出し、草の上に敷く。その上に座り込んで、もう一度呼びかけてみた。
そのまま隣に座るよう、仕草で促してみる。……促されるまま隣に座った彼に、少し驚いてしまったのは内緒だ。
それでも、相変わらず顔は上げないままだった。
「噂には聞いて居ましたが…すごい景色ですねー。前から、来てみたいなって思ってたんです」
数瞬の後、そうか。と一言。……流石に、少しばかりカチンとくる。
ならば此方にも考えがあるぞ、と軽く息巻いてみる。どうやら、一計を案じる必要が有るらしい。



「ね、ね。ちょーっとだけ、目を閉じて居てくれませんか?」
ちゃんと笑顔は作れているだろうか。赤くなったりはして居ないだろうか。
彼はそんな此方の内心に気づく様子を見せず、驚くほど素直にその目を閉じた。
……よし。内心でそう気合を入れ直す。
ゆっくり、顔を近づけていく。次第に距離が無くなって行き、お互いの吐息が感じられるほどの距離になって…
彼の眼が見開かれる。驚愕したようなその表情に、やった!!と会心の笑み。
そのままするりと体を入れ替え、思い切り彼の上体を引き倒す。
怪我をしないよう体で一旦受け止め、そのまま頭を自分の膝の上に捕まえる。
「ふふーん。油断大敵、です!」
得意になってそう宣言。…期待したのだろうか?けれど残念。乙女の唇は安くないのです。
そんな少し意地悪な気持ちを込めて、微笑んで見せる。…夜の風が、火照った頬を冷やしていく。
驚愕に固まったままの彼。そんな様子が可笑しくて、ちょっと吹き出してしまった。
目にかかった白の髪を手で軽く払い、そのまま優しく撫でてみる。思ったより、その感触は柔らかい。



「何の用事か、でしたっけ。……星を見に来たんです。凄く、凄く綺麗なんだって」
言葉と共に空を見上げる。…そこには、沢山の小さな星たちの光。
視界一杯に広がったその光景に、思わず息を呑んでしまう。
柔らかな輝き。…届かないって解り切っているのに、つい、手を伸ばして。
軽く握ってみる。勿論、手は何を握る事も無かった。
「俺は、ずっと…見逃して居たのか」
「ずっと……下を、向いていたから」
そんな声に視線を落とす。伸ばした手を下ろし、白い髪に指を通す。
青い瞳の中には、満天の星空が確かに映っていた。


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という訳で第2話。全部で4話くらいになりそうかな。
最初3人称で書き進めていくつもりだったけど、1人称の方がずっと書きやすい事に気が付く。
残りもなるべく早いうちに仕上げねば…