明日も天気になーあれ!

主にQuestNotesやらTRPGやらをやっている人

聖都前日譚

耳の奥底を錐穿つような、猛禽の狂鳴が大気を震わせる。
霧深い森の果て。羽搏きの丘にて。
冥く、炯々たる輝きを放つ黒竜の瘴気。それを纏った鷲獅子が翼を広げ――空を引き裂き、流星の如く飛来する。

「ッ――、くっ、ぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

紙一重の回避。振るい当てる事を諦めたのは、疾うの昔の事。
進路上へと置かれた昏色の剣が、闇の流星へと刃先を食い込ませ。
代償として、比較するには余りにもちっぽけな人間の肉体を、吹き飛ばさんばかりの衝撃が両の腕へと伝えられる。
逆らうでも、留めるでもなく。まして流すでもなく、勢いを加速するように地を蹴りつけ跳ぶ。
間髪入れず掠めた双爪に浅く裂かれ。次いで浮いた体へと、抉り突かんと迫る嘴から身を捻り。
地に着いた足先ですかさず跳べば、ひき潰そうとする巨体の進路から五体を逃がす。二度三度と無様に転げ、すれ違った獣を睨んだ。

荒く震える息を吐く。敵への視線を外さぬまま、片膝を付き身を起こす。向けた切先は、腕の芯へと響いた衝撃により震えたままだ。
眼差しの先、地へと降りた鷲獅子は。浅いながらも、幾度も付けられた傷から血を流し。しかし確かな足取りで駆け勢いを殺すと、此方へと向き直り嘴を鳴らす。

果たしてそれが何度目だったか。既に、数えるのも馬鹿らしいほどの繰り返し。
気の遠くなるような戦いだ。
勝ち筋は、確かに見えている。
しかし――そこに至るまで、あと何度、致命の一撃を捌けば良い。

過った弱気を振り払い、隙を探り合うように対峙する。
トレードマークの赤いコートは、夥しい血――返り血と、そして何より自らの血に濡れていた。
戦場には10近くの、割れた回復薬(キュアポーション)の空き瓶が散乱し。手持ちは最早尽き果てている。

しかし精神力を代償に、手にした黒剣が活力を与える。
削れ行く気力を、補う術は心得ている。……時間は、此方の味方だった。

向き合ったまま、一歩、二歩と後退。一息に反転すると、背を向け駆け出す。
迫る足音を背負い、疾走。腕の感覚が戻るまで、綱渡りのような回避の繰り返し。

華やかさとは無縁の戦いの中。
遙か深い森の果て。たった一人、格上を相手に死闘を演じる。
嘗てのように、気心知れた仲間と。肩を並べる冒険ではなく。
――それも今となっては、慣れた事だった。

「……――――ッ!!!!」

不意に湧き出た感情を、強く奥歯で噛み殺す。
地を踏みしめ加速する。血と汗に滲んだ視界を、作り出した合間で拭う。
無様だろうと。孤独だろうと。気の遠くなるような戦いだろうと――それでも。折れる気だけは、欠片も無かった。




幾つもの人里が襲撃されているという報告は、聞いていた。
聖都内部ですら、人手が足りず。特務騎士という形で補う有様だ。
村落の警備に、これ以上割く余裕など更々無く。
よもや、討伐など望める筈も無い。
結果、報告は黙殺され。
滅びへと向かう世界の中、小さな村がまた消える。
至極、当然の成り行きで。至極、当たり前の事だった。




長く細い光明を、只管に手繰り続けた。
呪われた鷲獅子は全身を赤く染め、血の泡を吹きながら宙天にて狂乱の叫びを上げる。
――詰めだ。落ち着け。対応を誤るな……!!
内心で呟くと、幾度となく繰り返した迎撃の構えを取り……
開いた鷲獅子の口腔から漏れる炎に目を見張り、迎撃を放棄し。死に物狂いで身を躍らせ――
刹那、襲い来る爆炎に吹き飛ばされた。

直撃を避けたのも束の間。焼け付く熱に全身を炙られる。
声にならない声を漏らしながら、耳に届いた羽音に追撃を予感し――回避態勢に入った時には、既にその背へと。衝撃を喰らった後だった。

「がっ――――!?……あ゛っ……ぐっ……冗談……だろう…………ッ!」

大きく跳ね飛ばされ、投げ出された体が地に落ちる。
堕ちかけた意識を、辛うじて意志の力で繋ぎとめる。
限界はとうに超えていた。後僅かにでも意識を揺らすようなダメージが入れば、簡単に自分は落ちかねない。
――死にかねない。否。そうなれば自分は――死ぬ。

萎えた手足に力を籠める。
――十全に剣を振るう事は出来ない。体のキレが普段以下なのは、意識するまでもない。

こみ上げた血を吐き出す。剣を支えに、震えながら立ち上がる。
余裕など微塵も無く。それでも視線を持ち上げ――此方へと吶喊する鷲獅子を、正面から見据えた。





世界の在り方は、変わってしまった。
古都エスタナから溢れた瘴気は、大地に満ち。
人が人らしく在れる場所は、ほんの僅かとなった。

聖都へクセティア。人類に唯一残された、安寧を享受できる町。
言い換えれば――この町以外に余力は、最早ない。
この町が落ちれば。その先に待つのは、その日一日を必死に、永らえる日々で――
そうなる前に。余力がまだ残されている内に、瘴気をどうにかする目途が立たなければ。
それは、つまり。人類の終わりと、ほぼ同義だ。

その周りにある農村とは即ち、残り限られた食料の生産地で。
それが襲撃され、滅びたならば――聖都を支える地が滅ぶという事で。
詰まるところ。それだけ聖都の寿命は、短くなる。
動かせる手は、無い。――この二本の手以外は。
なら、俺がこうするのは。
至極、当然の成り行きで。至極、当たり前の事だった。




限界を超えた体を引き摺り、深い霧の森を抜け。馬車へと乗り込むと、糸が切れたように倒れ込む。
怪我は剣が治してくれる。今はただ、休もうと。安堵にも似た気持ちで意識を手放す。

命を懸けた意味はあった。救われた者がいる筈だ。この思いに見合うだけのものは、確かに有った筈なのだと――




鷲獅子が復活し。村が襲われ、壊滅したと聞いたのは。その、3日後の事だった。



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聖都RPがはかどり過ぎた結果、過去妄想が抑えられなくなったので出力。ゲンの字の前日譚。
カースドグリフォンの設定に、食糧として家畜を奪うために農村を襲っているとあったのでそこをフックに。
騎士側でまったく依頼が出ていないのはそういう事なのかな、と妄想したあれ。今後追加された場合はなんか考えます(

聖都周りや世界の状況は、あくまでもレーゲンの解釈という事で。
彼の考えとしては、唯一残された余力のある聖都が残っている内に、根本的に瘴気をどうにか出来る手段が見つからなければ。
その手段を探せるような余力のある、組織だった場所は最早なく。その日その日を生き延びる為の、戦いに終始する日々を世界全体が送らざるを得なくなる。
そうなる前にせめて時間を稼ごう、或は何か手段が有るのでは無いか……と、特務騎士側に付きながら足掻き続けている。と。

いやあIF世界線妄想楽しいなこれ!!!!!!!