明日も天気になーあれ!

主にQuestNotesやらTRPGやらをやっている人

遠い星空の前日談(プリクエル)-1

 夜。月が高く昇り、祭りに浮かれていた子供たちがすっかり寝静まり、大人たちが杯を交わし合っている頃。
町外れに有る教会の一室には、小さな明かりがついたままになっていた。
忙しなく羽ペンを走らせ、手元の帳簿と睨めっこを続けているのは、長い金髪の女性。
何処か遠くから、楽し気な笑い声が響いてくる。何処かでまだ、パーティの続きでもやっているのだろうか。
何しろハロウィンの夜なのだ。…そういえば、皆はどうしているだろうか。きっと、酒場でいつも通り、或はそれ以上に騒がしく、楽しい夜を過ごしているのだろう。
小さく微笑みを漏らし、良し!と気合を入れ直す。…寂しくなどないのです。ええ、本当ですとも。誰に言うでもなく言い聞かせ、再び机へと向かう。


 ふと羽ペンが動きを止め、溜め息の音が響く。そのまま大きく背伸びをすると、女は大きく椅子にもたれ掛かる。
いつの間にか、何処かからの笑い声も止んでいた。どこまでも静かな部屋に、ため息の音は良く響く。
「……結局、来てくれないんですもん。……いえ、そこまで期待してた訳でもないのですが。解っていた事ですから、ええ」
そのまま、ため息をもう一つ。…もし街に帰って来ていた時の為にと、伝言まで頼んで置いたのに。
どうやら無駄になっちゃいましたね、と。心の中で呟く。
机の脇に置いてあった、小さな白い袋を手に取りそっと紐を解く。
詰められた丸い焼き菓子たちの中に、ちょっとした悪戯のつもりで紛れ込ませたハート形のそれ。
……いっそ食べてしまうべきだろうか。じっとそれを睨み付けてみる。
思い悩んだ末、そっと袋に戻す。…まだ、食べる気にはなれなかった。
夜風にでも当たってこようかと、窓の外へ視線をやって。遠くに見えた人影に、目を丸く見開いた。


 冬へと向かうこの季節。夜の風は冷たく、暖かさを何処かへと連れて行ってしまう。
それが墓場ともなれば、尚更だ。死んだように静かなその場所に、男は居た。
祈るでもなく、唯静かに。身じろぎ一つせず、大きな影が墓石の前に佇んでいる。
人が見れば、或は悲鳴を上げて逃げ出すだろうか。そのくらい、今の男からは生気という物が感じられなかった。
折角人が呼んだのに、こんな所に居て!だとか。こんな所で何をしているのだ、だとか。
そんな言葉が、すっかり飲み込まれてしまって。何を言う事も出来ず、そっと隣へと歩いて行く。

「…………何だ」
暫く無言が続いた後で、そんな男の言葉が響く。顔を覗きこんでみると、青い瞳がこちらを向いていた。
「……もう、良いんですか?…邪魔をしたらいけない、と思いまして」
そう返す。…方便だ。彼は、死者に祈るような人ではない。…何て声を掛ければ良いか解らなかった、とは言いたくなかった。
「…別に、祈っていた訳じゃない。ただ…教会よりは、余程居心地がいい」
……私が気づかなかったら、どうするつもりだったのだろうか。この人は。…きっと、その時は黙って帰っていたのだろう。
そんな想像が頭をよぎり呆れてしまう。けれど同時に…本当にそれだけなのだろうか、とも思ってしまう。

彼の言葉に、ただじっと瞳を覗きこむ事で返す。…傷ついた子供のようだ、とこっそり思っている彼の眼は。今日はいつも以上に、どこか傷ついているように思えた。
彼の瞳が、困惑を湛え始める。小さく左右に泳ぐと、そのまま下を向いてしまった。
「……痛かったりとか。…苦しかったりとか、しませんか?」
「重かったり。…辛かったりとか、しませんか?」
そう口に出して、そっと彼の胸に手を触れてみる。
柔らかなのにしっかりとした、強靭な筋肉の感触。確かな筈の感触なのに、どこか儚く感じてしまう。
「……別に。…俺は、何も感じていない」
「…どうでも良いんだ。…俺はもう、そのどれも。ずっと前から、感じていない」
そう、言葉が返ってくる。…何度か繰り返した、似たようなやり取り。その度に、胸の奥で「嘘だ」と、感じる何かが有った。
少しだけ、手の位置を変えて鼓動を感じてみる。…結局、視線は下に向けられたままだった。


 冷たい風が吹いて、暖かさを連れて行く。
…このままここに居たら、彼まで何処かに連れられていくのではと、そんな気がして。
「………よし!!ね、ね。これから、お時間って有りますか?」
重たい空気を振り払うように、ぱん、と手を打ち鳴らす。虚を突かれたような表情の彼が、ああ、と短く言葉を返す。
「なら、ちょっと今からお出かけしましょう!夜のお散歩です。ほーら、早く!」
こんな時間にか、と呟く彼の手を取りグイグイと引っ張って歩く。今は兎も角、この墓場から連れ出したかった。
教会の前まで来た辺りで、ふと思い出して足を止める。
「…ちょっとだけ、待ってて下さいね。良い物を持ってきますから」
良い物?との言葉には答えず、部屋へと小走りで駆けていく。机の奥から秘蔵のワインを取り出し、クロスと一緒にバスケットの中へ。
点けっぱなしになっていた明かりを消そうとした時、小さな袋に気が付く。危ない、危ない。…食べてしまわなくて良かったと微笑んで、それをポケットへと詰め込んだ。
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RPをSSにしてみようシリーズ。一話読み切りじゃない続き物って初めてだったりする。少なくとも公開するのは。
惜しくらむはログが吹っ飛んでる事。記憶を頼りに書いては居るけど、精確じゃないのは簡便な!!ついでにちょっとした味付けも込みだ!!